大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)265号 判決 1999年3月09日

東京都昭島市武蔵野三丁目一番二号

上告人

日本電子株式会社

右代表者代表取締役

江藤輝一

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

右訴訟復代理人弁護士

橋口尚幸

東京都昭島市松原町三丁目九番一二号

被上告人

理学電機株式会社

右代表者代表取締役

志村晶

右訴訟代理人弁護士

山崎順一

弁理士 鈴木利之

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第二〇二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年九月五日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人久保田穰、同増井和夫の上申書記載の上告理由について

一  原審の確定した事実関係及び本件訴訟の経緯の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、名称を「微小領域X線デイフラクトメーター」とする特許第一六〇九二二六号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。被上告人は、平成四年二月三日、特許庁に対し、本件発明に係る特許(以下「本件特許」という。)を無効にすることについて審判を請求し、平成四年審判第一七七〇号事件として審理された結果、平成六年七月一五日、本件審判の請求は成り立たないとする審決(以下「本件審決」という。)がされた。被上告人は、同年九月七日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し、平成八年九月五日、本件審決を取り消すとの原判決がされた。上告人は、同月一八日、本件上告をした。

2  本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、「多数の結晶粒から成る試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の微小領域に照射するための手段と、前記試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡と、前記X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器と、前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構と、前記検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と、この信号を一定期間積算的に記憶する手段と、該信号を積算的に記憶する測定期間中、その先端に前記試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構と、前記記憶された信号を読み出し、表示する手段とから構成したことを特徴とする微小領域X線デイフラクトメーター。」である。

3  原審は、本件明細書に基づく本件発明は、本件審決に引用された技術により当業者が容易に想到し得るものであるとして、本件審決を取り消した。

二  上告代理人提出の特許庁平成八年審判第一九七二一号事件審決謄本写し及び本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  上告人は、平成八年一一月一九日、本件明細書を訂正することについて審判を請求し、平成八年審判第一九七二一号事件として審理された結果、平成九年七月一四日、右訂正をすべき旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)がされ確定した。

2  本件訂正審決は、本件明細書の特許請求の範囲中の「X線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器」との記載を「X線の所望角度範囲をカバーするように試料の回りに半円状を成して配置された位置感応型X線検出器」と訂正するものである。

三  特許を無効にすることについての審判の請求が成り立たないとする審決について、当該発明が特許を受けることができないとしてこれを取り消した第一審判決に対して上告がされ、上告審係属中に当該特許について特許出願の願書に添付された明細書(以下「明細書」という。)を訂正すべき旨の審決がされ、明細書の特許請求の範囲が減縮された場合には、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものであるから、原判決には民訴法三三八条一項八号に規定する再審事由があり、原判決につき判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるというべきである。

四  これを本件について見ると、本件訂正審決の内容は、前記二2のとおりであって、特許請求の範囲の減縮に当たるから、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文)

(平成八年(行ツ)第二六五号 上告人 日本電子株式会社)

上告代理人久保田穰、同増井和夫の上告理由

上告理由第一点

原判決は、判決に理由を付せず又は理由に齟齬がある。

一、本件原判決は、特許無効審判請求を却下した特許庁審決を取消したものである。審決を取消すに当たっては、単に審決に誤りがあることを指摘するだけでは足りず、審決の結論に影響する誤りが存在する理由を認定すべきであるのに、原判決はこの理由を欠いている。

特に、原審の争点は、公知技術から要素を抜出して組合せる、いわゆる結合発明の進歩性にあったが、基本とされる公知技術と上告人の特許発明の間には構成上の極めて顕著な相違があるにもかかわらず、公知技術の組合せにより容易に本件発明の構成に想到し得る点につき、何ら合理的理由が示されておらず、かつ原判決が理由としたらしい点は、単に結論を述べるに過ぎない(しかも明白な事実誤認がある)。

上告人は、本件に於て、単なる証拠の評価あるいは事実認定を争っているのではなく、審決取消訴訟の構造上法律的に必要とされる理由が類型的に欠けていること(詳細は四項に後述)を、理由不備として主張するものである。

以下詳述する。

二、本件発明の概要と特徴

(一) 本件は特許発明の進歩性の判断に関する事件であり、上告理由を述べる前提として、最初に本件発明と引用例に関する技術上の問題点を簡単に説明しておく必要がある。

(二) X線ディフラクトメーターとは、試料にX線を照射し、試料から反射される回折X線の回折角度とX線強度を測定することにより、試料を構成する物質を同定する装置である。

物質の単結晶(全体が同一の状態に原子が規則的に配列している)に白色X線を照射し、当該物質を透過した、または当該物質から反射したX線を写真フィルムで受光すると、規則的な斑点状の画像が得られる(図1、図2参照)。

図1

<省略>

図2

<省略>

しかし、右の画像(いわゆる「ラウエパターン」)で試料の同定をすることはできない。

(三) 単結晶ではなく、粉末化した結晶(個々の粉末の中では、原子が同じ方向に配列しているが、粉末相互では配列の方向が異なる)を集めた試料、あるいは多結晶試料にX線を照射すると、写真フィルムには、斑点ではなく、図3のように、同心円状の複数の円よりなる画像が得られる。

図3

<省略>

それぞれの円が切れ目のない円になるためには、あらゆる方向を向いた結晶粒が十分に存在することが必要である。右の同心円における各円の半径と円の相対的な濃度は、物質に特有であり、これを比較することによって、試料がいかなる物質かを調べることができる。この方法を粉末X線回折法という。

右の図の各円の半径は、照射されたX線が物質により曲げられた角度(回折角)に対応するので、その角度を横軸に、各円の濃さを縦軸にとってグラフ化すると、次のように、同心円状の画像からスペクトル状の回折パターンを得ることができる(図4)。

図4

<省略>

このような回折パターンを得る目的から言えば、平面の写真フィルムで像を撮影するよりも、試料を円形のフィルムで囲むようにして像を得る方が、広い範囲に渡って回折線を得ることができる(図5)。

図5

<省略>

さらに、写真フィルムに代えて、電気的にX線を検出して計測機器化したものが粉末回折計であり、通常、X線回折計(X線ディフラクトメータ)といえば、これを指す。図6は従来の粉末回折計の概念図である。この装置では、X線の照射軸に対して、試料をθで、X線を2θで回転させ、回折X線強度を検出器で検出して、回折線の強度を2θの分布として、一次元スペクトル状に測定記録する。

図6

<省略>

図7(a)は、前記粉末回折計によって得られた酸化亜鉛の測定回折パターンを示しており、図7(b)は、酸化亜鉛のデータベース上の回折パターンを示している。この2種のパターンをコンピュータ上で比較検討することにより、試料の同定分析を行うことができる。

図7

<省略>

(四) 粉末X線回折法は、試料が結晶であれば、極めて有力な物質の同定法である。しかし、この方法を適用するためには、通常試料を粉末化しなければならない。

他方、固体試料を破壊しないで、特定の微小領域の物質を同定したいという場合がある。

そこで、試料に細く絞ったX線を照射し、回折X線を写真として撮影する分析が行われることもあった。しかし、この方法の場合、対象とする微小領域は少数の結晶しか含まないのが通例であるから、図3のようなきれいな同心円にはならず、図8のような、不完全な同心円状の像になる。この点につき、引用例5の三〇頁「はじめに」の項を参照されたい(公知文献は、原判決四~五頁に記載された「引用例1」乃至「引用例5」なる表記により引用する)。これをグラフ化すると、ところどころ、回折線の抜けたチヤートになってしまう(図8は、図4と対応させているので、両図を比較対照されたい)。

図8

<省略>

特定の物質から生ずる回折X線の回折角度と強度のデータには多くの蓄積があるので、試料の回折線のパターンを標準のパターンと比較することにより、試料を同定することができるのであるが、この場合、物質から生ずる回折線を漏れなく検出することが重要であることは自明であろう。図8のようなチャートでは正確な物質の同定はできない。

(五) 本件発明は、固体試料の微小領域を、試料を粉末化せずに、X線回折法により短時間で正確に分析同定することを可能にした発明である。

本件発明の成果は、例えば、乙第一号証に記載されているように、製品に発生した微小な腐食部分を、製品を破壊することなく同定することができることである(非破壊的に分析するという目的は、明細書に明記されてはいないが、試料上の微小領域を測定するという特許請求の範囲の要件自体によって、試料を破壊せずにその一部分だけを分析するという本件特許発明の目的は容易に理解される)。

X線ディフラクトメーター(X線回折装置)による微小領域の分析について、回折線の検出漏れをなくしたいという考え方自体は、後述する引用例5に一応記載されている。しかし、引用例5の装置は、本件特許発明のごとく十分な実用性を有して微小領域の定性分析をなし得る装置ではなかった。被上告人は、引用例5の装置を製造していたが、本件特許発明の実施品が販売されると、間もなく本件特許発明の実施品に切り換えてしまった(この事実は原審答弁書二九頁九行乃至三〇頁一行において明確に指摘したが、被上告人は一切争っていない)。本件発明の作用効果が引用例5より優れていることの明らかな証拠である。

(六) 本件特許発明は基本的に以下の手段を用いることにより構成されている。

<1> 分析の目的とする微小領域に絞った細いX線を照射する手段

すなわちX線の断面または照射面が微小な点状(例えば直径一〇〇μm程度)になるようにする手段であり、このように細いX線を得ることを「コリメート」という。

<2> コリメートしたX線が正確に目的とする試料の位置に照射されるように、試料を観察し、位置合せするための光学顕微鏡と試料位置の調整手段

<3> 定性分析を行うために必要な所望角度範囲(小さな角度から一五〇度若しくはそれ以上まで)をカバーするように配置され、かつ比較的短時間で測定を行い得る位置感応型X線検出器

定性分析は、試料から得られる多数の回折X線のピーク位置とX線強度の組合わせを、既知の回折パターンのデータベースと比較照合して行う。少数のピーク位置を調べるだけでは誤った結論を得る危険性が高いので、できるだけ広い範囲にわたり測定する必要があり、通常は〇~一五〇度の領域について測定する。

この目的のためには<4>の試料の2軸回転機構と位置感応型X線検出器の組合せが最適であった。この組合せにより、固定式の位置感応型X線検出器の能力を十分に発揮させ、短時間での測定を達成している。

<4> 測定対象領域に含まれる結晶粒が少ないことによる回折線の検出漏れをなくすために、試料を2軸方向に連続的に回転させる試料駆動機構

微小領域の測定を行う場合には、測定領域に含まれている結晶粒の数が少ないから、円周状に固定した検出器で総ての回折線を得ることは難しいという問題を生ずる。この困難を解決するために、試料を軸の回りに回転させるとともに、さらにその回転軸と直交する軸の回りにも回転させる。この手段により、回折線を生じる角度の結晶面を総て生じさせることができる。そして、連続的に回転を行いながら回折線のデータを積算することにより、多数の結晶粒を使用して測定した場合と同様の、完全な回折パターンを、<3>の半円状の固定した位置感応型X線検出器で得ることができるようにした。

以上の手段のそれぞれを個別に取り出せば、異なる目的の装置に使用されていた公知例を見出すことは不可能ではない。

しかし、これらの個々の手段に関する公知技術は、いずれも本件特許発明とは目的が明らかに異なり、使用態様も効果も異なり、それらを組合わせるという考えを容易に生ずるものではなかった。

また、以上の手段の組み合わせにより実用的な装置が得られることは、本件発明者がいろいろな装置構成につき検討した結果初めて見出したものである。

三、本件発明と引用例の対比

(一) 本件に於ける特許庁の審決は、引用例5を基本の引用例とし(微小領域の分析に関する唯一の公知文献であったから、これ以外の引用例を基本の引用例とすることは不可能であったが)、引用例5と本件特許発明の相違点を三点挙げ、相違点を他の引用例の組合せにより解消することは困難である理由を幾つか説明していた。

原判決は、審決が述べた引用例組合せの困難性に関する理由のうち三点を誤りとした。そして、審決を取消したのである。原判決の構成から見れば、原判決は、引用例5を基本の引用例とし、審決が言及した他の引用例(2、3、1)との組合せにより、本件発明の構成に想到することは容易であると結論したものと一応見られる。しかし、後に再説するが、審決が挙げた組合わせの困難性の理由に仮に妥当でなかったものが存在するとしても、それだけで、特許を無効にする旨の判断ができるものではない。発明が容易であること、換言すれば、引用例の組合わせが容易に想到されることの積極的理由付けがあって、はじめて審決の結論を誤りとすることができるにすぎない。

しかるに、原判決は引用例の組合せの容易性について何ら合理的な理由を示していないのである。

この点を明らかにするためには、先ず、各引用例と、本件発明の対比につき説明する。

(二) 引用例5に開示された装置は、原判決の別紙図面2に掲載されているので、同図に従い説明する。この装置は、確かに微小領域のX線による分析を意図した装置ではある。しかし、本件発明とは全く異なる装置構成を有しており、その作用効果は、本件発明に比べるべくもないものである。

引用例5の装置は、「試料」と記載された位置に試料が固定される。試料は回転しない。試料にX線を照射すると、回折線をあらゆる方向に生ずる。これを漏れなく検出するために、ドーナツ状又はリング状の検出器を図の左右方向に移動させながら回折線を受光し記録する。図面から明らかなように、反射X線用と透過X線用に二つのドーナツ状及びリング状の検出器を設け、両者を併用することによって広い範囲の測定を行っている。

ドーナツ状又はリング状の検出器を使用する意味は次のとおりである。試料の量(測定される領域の結晶の数)が十分であるときは、X線の回折線は、写真にすれば複数の同心円として発生する。ところが、試料が少ない(微小領域に絞るため結晶の数が少ない)と、きれいな円にならず、飛び飛びの点になってしまう。ドーナツ状の検出器なら、ある回折角に対する一つの円周上に点在する回折像の強度を検出器自身でまとめることにより、その角度での回折線の相対的な強度を算定することができる。ここで重要な点は、ドーナツ状(リング状)の検出器が特定の位置で測定できるピークは、単一の回折角のものに限られることである。広い範囲の回折角をカバーするためには、検出器を移動して走査しなければならないのである。これは、検出器の機能の問題ではなく、試料から発生する回折X線の質の問題である。引用例5の装置でも、検出器を移動させる走査を行うならば、回折角に対する回折線の強度の変化を示すグラフ(回折パターン)を作ることができるのである。

引用例5の装置は原理的には、一応漏れのない回折パターンの測定が可能であろう。しかし、検出器は機械的に移動させながら測定していくのであるから、時間もかかるし、測定精度もあまり高くならない。そして、検出器を直線的に移動させると、試料と検出器までの距離が変動し、それにつれて、受光スリットを通過する回折線の角度範囲が異なるから、強度も分解能も正確さを欠くことになる。例えば、引用例5を実用化した製品では、検出器が試料に近づいた場合、分解能が顕著に低下することが経験されていた。その結果、長年蓄積された既知物質の回折線のデータベースとの同定ができず、引用例5の装置は実用性が極めて乏しい。

引用例5がこのような構成を採用したのは、試料の微小領域に確実に細く絞った(コリメートした)X線を照射するためには、試料を固定する必要があると考えたためであろう。引用例5の「はじめに」(三〇頁)を見ると、前述のように、従来微小領域の測定には、単に微小焦点X線発生装置を用い、微小部の研究にふさわしいカメラが用いられていたが、得られるデータは不十分であったとされている。すなわち、微小領域の定性分析目的の測定に関し、試料を回転させるという思想は全く存在しなかったのである。試料を回転させつつ、確実に目的とする試料の位置にコリメートしたX線を照射し続けることは困難があると考えるのが自然である。

引用例5は、従来の微小領域のカメラ測定方法を踏襲しつつ、単なるカメラではなく、移動するリング状あるいはドーナツ状の検出器の使用により、回折線の測定漏れをなくそうとしたのである。

(三) これに対し、本件特許発明の装置は、全く異なる装置構成を有するものである。本件発明の構成は、原判決別紙図面1の第1図を見るのがわかりやすい。試料は同図の7の位置に置かれ2軸回転をする。ただし、予め測定すべき位置を回転中心に一致させ、測定中に試料を回転しても測定すべき領域がX線の焦点からはずれないようしておくのである(本件特許公報四欄四~一二行)。

このように試料とX線の位置関係を設定して、試料を2軸回転させながらX線を照射すると、各結晶粒の方向が時々刻々変化するので、あたかも大量の結晶粒に照射した場合と同様の、漏れのない強い回折線が発生する。そして、この回折線を試料を取り囲む半円状の位置感応型X線検出器で検出することにより、回折線の全体を同時に測定し記録することができるようにしている。

回折X線は完全な同心円状に発生するから、位置感応型X線検出器は試料を含む一つの平面に固定しておくことができる。機械的な移動の時間は必要でなく、測定は短時間で終了させることができる。

以上のとおり、引用例5の装置と、本件発明の装置は、微小領域の測定をするという目的の限度では、共通の点を有しているが、装置の構成が本質的に異なるのであり、回折線の漏れをなくすための技術思想が全く反対であり、作用効果のレベルが異なる。

本件発明は、微小領域を、その位置を不変に保ちながら回転させれば、比較的大きな領域の測定と同様の切れ目のない円よりなる同心円状の回折X線像を発生させ得ることに着目し、これを実現したから、検出器を移動させなくてもよくなり、位置感応型X線検出器の特徴を十分に発揮させることができ、従って、漏れのない回折X線チャートを短時間に得ることができるようになったのである。

引用例5の場合に、そこに開示されているドーナツ型検出器に変えて位置感応型X線検出器を引用例1のように使用したとしても、試料の2軸回転をしない以上は、漏れのないデータは得られない。かと言って、位置感応型X線検出器を引用例5の検出器と同じ方向に配置したのでは、機械的に移動させて走査しなければならず、位置感応型検出器を用いる意味は全くない。それでは、わざわざ引用例5の構成を変更する意味がなく、従って、変更する動機を生ずることもない。

本件程度に、基本の公知技術と発明の構成及び技術思想が異なる場合に、いくら他の公知例を参酌したからといって、本件発明の進歩性が否定されるとは、上告人には到底考えられない。

(四) 原判決は、試料の回転により回折線の検出漏れをなくすことは、引用例2と引用例3に開示されており、位置感応型X線検出器が高速な測定を可能にすることは引用例1に開示されているという。

しかし、本件発明が進歩性を有するか否かは、引用例5と引用例2、3、1を組合せることによって、容易に本件特許発明をすることができるかどうかである。引用例5の試料固定の方式を、引用例2、3の試料回転方式に変更し、さらに引用例5の移動するドーナツ型検出器を、引用例1の位置感応型X線検出器に変更することは、基本の公知技術である引用例5の装置の構成がそっくり無くなってしまうことを意味する。こういう容易論は、少なくとも甚だ異例である。

(五) 引用例2(甲第五号証)は、単結晶から粉末X線回折と同じ回折パターンを得ることを記載した文献である。その方法として単結晶を回転させながらX線を照射している。結晶試料を回転させるという点では、本件発明と共通の要素を有するが、微小領域を測定するという思想がないし、構造上も微小領域の測定は不可能である。単結晶の場合には、試料のどこも均質な構造を有しているから、特定の微小領域を選択し、その領域の位置が変わらないように回転させつつ、回折パターンを測定する必要はどこにもないから、当然引用例2にはこの点の示唆が全く存在しない。

(六) 引用例3(甲第六号証)は、八一三頁右欄下に、試料を2軸方向に「小さな角度範囲で振動させることにより、X線束の照射位置を変化させることなく回折にあずかる結晶の数を倍加させ得る。」との記載があることは原判決の指摘する通りである。ところが、引用例3において、このように試料を振動させて測定する目的は、引用箇所のすぐ下に記載されているように、「振動条件を適当に定めると、焼なまし材あるいは塑性変形があまり大きくない材料のときにもデバイ環全周に渡って連続した回折像が得られる。」という点にあり、より具体的には、同欄下端の図のように、特定の一つの円環状の像を得るに際し、八一四頁左欄上端の左側のような不連続な円ではなく、右側のような連続した円の像を得ることにあった(左図参照)。

試料を振動しない場合 振動する場合

<省略>

これは、単一の回折角に対する測定であって、本件特許発明の広い角度範囲にわたり漏れのない回折パターンを得ようとする測定とは、目的も、結果も異なるものである。

(七) また引用例1は、典型的な粉末X線回折装置を記載しているに過ぎず、ただ位置感応形X線検出器(比例計数管X線検出器)が開示されており、これはフィルムよりも粉末スペクトルを非常に高速に得ることができる、との開示がある。しかし、それだけである。判決は、引用例1に本件発明の、回折X線の測定を「比較的短時間に測定することができる」という作用効果が記載されているというのであるが、大きな誤解がある。

引用例1は、同じ使い方をするなら、フィルムよりも位置感応型X線検出器の方が高速に測定できることを教示しているだけである。微小領域の測定に位置感応型X線検出器をどう使用するかは全く教示されていないのである。

従来技術の基本引用例である引用例5は、試料の回転をしないから、位置感応型X線検出器(ドーナツ型の位置感応型X線検出器を作って使用する必要があろうが)を組み合わせて使用しても、当該検出器を引用例1のように平面に固定したのでは、漏れのない回折パターンを得ることはできない。

引用例5に位置感応型検出器を組合わせるとすれば、位置感応型X線検出器を、X線の照射方向と垂直な面に配置し、引用例5と同じように機械的的に移動させて走査する必要がある。検出器側を機械的に移動させ走査しなければならないところに、引用例5で短時間の測定ができない主たる理由がある。位置感応型X線検出器がフィルムより高速であることが知られたとしても、それだけでは、引用例5の測定時間を短くする役には全く立たないのである。

引用例1に開示された短時間の測定と、本件特許発明でいう短時間の測定とは、その意味が異なることを原判決は看過している。その結果、本件特許発明の「短時間の測定」の効果を否定し得る根拠を示していないことに帰する。

四、原判決の理由不備又は理由齟齬

(一) 以上の技術上の理解を前提として、原判決における理由不備又は理由齟齬の点を述べる。

特許の無効審判において、無効理由の立証責任が審判請求人にあることは言うまでもなく、また無効審判請求を却下した審決の取消訴訟において、審決に取消理由があることを立証する責任が原告(審判請求人)にあることも当然である。そして、審決を取り消すに足りる理由とは、審決に単なる誤りが存在することではなく、当該誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることが必要であることもまた当然である。

本件のごとく、基本となる公知技術と特許発明の主要な構成にほとんど共通性がない場合、発明には事実上進歩性が推定されるというべきである。他の公知技術との組み合わせにより、本質的な構成要素を複数変更すること、殊に本件原判決のごとく、基本引用例の構成をそつくり変更してしまうことが、なお容易であると認定するためには、そうしてよい積極的な理由が必要である。そして、この積極的理由を認定せずに審決を取消すことは明らかな理由不備と言わなければならない。

発明は、目的、構成、作用効果により評価されるのが通例であるが、特に重要性を有するのは構成である。構成が公知技術と明確に異なる発明については、公知技術と同種の目的を有するにすぎないからといって進歩性を否定する理由はない。一つの目的につき発明が一つしか成立しえない等ということはあり得ない。

発明が容易であると判断するためには、先ず第一に、発明の構成が公知技術から容易に到達できることの理由が認定されなければならない。この認定を欠く場合には、理由不備としなければならない。

(二) 換言すれば、本件特許と基本の引用例である引用例5は、構成が明確に相違し、他の引用例は、本件発明のごく一部の構成を、異なる目的効果のために開示しているにすぎない以上、審決はこれら構成の相違を指摘し、これらを組合せることの容易性につき審判請求人は合理的な理由を示していないと言えば、審決理由としては十分であった。

審決は、審判請求人の主張について一通り応答することを意図したのか、相違点の解釈について幾つか意見を述べたところ(これらの意見は審決のために必須ではなかった)、原判決はこれらの審決の意見が誤りだと認定しているだけである。

以下に検討するように、個々の点につき、審決に誤りはないと考えるが、仮に審決が何点か発明の進歩性を積極的に根拠付ける理由につき誤った見解を述べたとしても、引用例のいずれとも、本件特許発明の構成が全体として明確に相違するという事実に変りはないのである。原判決が誤りとした審決理由中の認定を除いたとしても、なお、本件発明の進歩性を認めた審決の結論を覆すことはできなかったはずである。審決の結論を覆すためには、本件発明の構成が引用例から容易に想到できること、すなわち相違点に関し引用例5と他の引用例を組合せることの容易性を根拠付ける理由を積極的に認定する必要があったのである。

なお、原判決に、一応進歩性を積極的に否定する理由を述べたらしい箇所はあるが、単に結論を述べたにすぎず、しかも明らかな事実の誤認があり、理由不備又は理由齟齬を否定することはできない。

以下、原判決の理由を順次検討し、原判決が必要な理由を述べていないことを明らかにする。

(三) 最初に、原判決は、審決が、本件発明はその「相違点一ないし三が相互に作用しあい」、「本件発明の構成に欠くことのできない他の構成と相まって」、本件発明の構成を得ることができたのであるから、「これら相違点の構成がそれぞれ別々の文献に記載されていたからといって、それらを同時に引用例5記載の技術に組合せることが容易であるとはいえない」とした判断が誤りであるという(三三頁以下、特に三七~三八頁の<3>)。

この点の判断の前提として、原判決は、本件発明の作用効果が「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からのX線の測定を、回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる微小領域X線ディフラクトメーター」にあることを認めている(三三頁最終行乃至三四頁五行)。

そして原判決は、「微小領域の測定」については引用例5に記載されているとして先ずこの点を作用効果の評価から切離し、「回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる」という作用効果について検討する、との判断方法を示している(三四頁六~一五行)。そして、引用例2、3には「回折線の検出漏れを生ずることなく」測定することが記載され、引用例1にはX線の測定を「比較的短時間に行うことができる」ことが記載されているというのである。

原判決は、右の事実を認定しただけで、唐突に、「回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる」という作用効果は、個々の構成を採用することにより生ずるであろうことは、当業者は当然に予想できるとする(原判決三六頁)。そして、前記の通り、「相違点一ないし三が相互に作用しあい」、「本件発明の構成に欠くことのできない他の構成と相まって」という審決の認定は誤りだというのである。

しかし、本件特許発明の容易性の判断は、個々の作用効果がただ断片的に別々の引用例に記載されているに過ぎず、そのいずれも、本件特許発明の作用効果の全体を教示しているのではないとき、単に個々の引用例の断片的効果を列挙するだけで足りるかという問題である。

本件発明の装置が未だ存在しない段階で、これらの個別の引用例の効果が、本件発明の形で他の要素と共に発揮されることを想到することが容易であるというためには、何等かの積極的な理由を示す必要がある。

しかも、個々の引用例に開示されている作用効果は、三項に前述したように、本件発明の効果とはその発揮されるべき場面が違うし、レベルも違う。

簡単に再説すれば、引用例5の開示で引用するに値するのは微小領域の測定を行うという目的だけである。本件発明の実用性の高い測定による微小領域の測定は開示されていない。

引用例2は、微小領域を選択する必要のない、単結晶についての測定を開示しているだけであり、引用例3は、特定の回折角における円形の回折環(デバイ環)を、完全な円として測定する技術を開示しているのであって、広い角度範囲における多数回折線を漏れなく測定する方法を開示しているのではない。

引用例1は、粉末X線回折につき、位置感応型X線検出器が迅速な測定を可能にすることを教示しているだけで、引用例5について、位置感応型X線検出器を使用できるように、回折線の発生方法自体を変更する手段を何ら教示していない。さらに、引用例1について、原判決は、開示されている検出器が移動式の検出器を含む点について、短時間での測定はできないことを認めつつ、ともかく検出漏れをなくすることはできると言う(四〇頁一~九行)。しかし、それでは、そもそも短時間での測定を可能にするという点は引用例1に開示されているという判示自体が意味がないことになろう。理由に齟齬があると言わなければならない。

(四) 引用例5、2、3、1から言えることは、本件発明を見た後でこれら公知技術を見たとしても、本件発明の目的・作用・効果の一部と共通する考え方が、ばらばらに知られていたことがわかるという事実に過ぎないのである。

原判決は、相違点1乃至3が相互に作用し合っている、あるいは他の要素と相まって作用しているとは認められないという。上告人は、個々の要素が公知であっても、これを組み合わせる事により、公知のいずれの装置でも達成していなかった作用効果を達成した場合には、審決のように言って悪い理由はないと考える。

相互に作用し合ってとは、医薬品に於ける相乗効果のような場合に限っていうべきだとするなら、本件発明には必ずしも適当な表現ではないかも知れない。しかし、そういうことを言い出すなら、機械的な発明について、相乗効果のような複合に基づく特殊な効果は存在し得ないのが普通である。他方、世界中で、機械の発明に関する膨大な特許が毎年成立しており、その大部分は、既存の装置の一部を他の構成に置き換えるものであるが、置き換えた手段にまったく類似の構成や効果が知られていなかったという場合はまずないと考えられる。

公知の部材の新規な組み合わせによって、新規有用な作用効果が得られならば特許とすることが、当然のこととして認められている。本件の場合に、特に異なる取り扱いをなすべき理由はないし、原判決は何らそのような理由を認定していない。

ともあれ、本件発明の効果の原理が、個別的には引用例に見い出されるという事実は、それだけでは、引用例を組み合わせることの容易性の認定をもたらすことはない。従って、「相互に作用しあう」点の審決の認定を誤りだとするだけでは、審決の結論が誤つていることにはならない。

(五) 原判決はまた、引用例1の検出器も引用例5の検出器も、カウンタを用いてX線を測定するという共通した構成を有するから、両者を置換することは容易だと判断している(四三頁)。

これは、全く組合せの容易性の理由になっていないことは、既に説明したところから明らかであろう。

引用例5は、試料を固定しており回転しないから、回折線が連続した円よりなる同心円状にはならない。従って、引用例5に位置感応型X線検出器を持って来ても、その本来の使用は意味がなく、前述のように、先ず位置感応型X線検出器をドーナッ型に改造し、さらにX線の照射方向と垂直な面に設置して(別紙図面2参照)機械的に移動させ走査しなければならず、必然的に短時間の測定はできない。そうである以上、引用例5と引用例1を与えられたとしても、両者を組合せることについての積極的動機は生じない。両者を組合せただけでは、本件発明には到達しない。

引用例5のドーナツ型で機械的に移動する検出器を、本件発明のような半円状固定式位置感応型検出器に変更することを容易とする理由があるか否か、それが本件の問題点であり、原判決は全くこの点につき判断せず理由を述べていない。

(六) 原判決は、最後に、引用例2、3と本件発明の試料回転の相違を審決が認めた点を誤りとしている(四四頁以下)。

原判決は、試料を回転させて回折線を強くすることさえ開示されていれば、本件発明の作用効果は開示されていることになると考えているようである(四四頁一七行ないし四五頁六行)。しかし、前述のように、引用例2、3の開示で本件発明と共通するのは、試料の回転が回折線を強くするという原理面だけである。「微小領域の定性分析」を可能にすると言う目的も効果も、全く開示されていないのである。両者に相違があることは明らかである。

而して、「微小領域の定性分析」という目的のない引用例を、本件発明のために採用する積極的な根拠は何も示されていない。特に、前述のように、引用例5の最初に記載されているように、微小領域の分析は試料を固定して行うのが常識であり、基本の引用例5自体が、固定した試料に対しドーナツ状検出器を移動させる手法との組合せという、一体として完結した構成を採用しているとき、そこに目的とする微小領域の位置を不変に保ちながら回転させるという手段を取り込むことは、その動機も必要性も見出し難い。

原判決は、本件発明の試料の回転の効果と、引用例2、3の試料回転の効果が同じだと認定しただけで、引用例5と引用例2、3を組合せるという発想がどうして容易に生じ得るかを判断していないといわざるを得ない。

原判決は、四五頁一〇行乃至四六頁八行に於て、ドーナツ型中空円筒型検出器で走査する方法も、試料を回転させる方法も、X線反射波の所望角度範囲をカバーするためのものであり、X線検出に関して等価であることが自明であって、どちらを選ぶかは設計事項に過ぎないと述べている。

しかし、これは単なる結論にすぎない。どうして「等価」で~あることが自明であると言えるのか、それが問題であるのに、何の説明も「なければ証拠の引用もない。

しかも、単なる結論としても、重大な事実誤認ないし「等価である」ことの評価に関する重大な誤りがある。そうである以上、引用例5と引用例2、3の組合せの容易性認定につき、明らかに理由不備である。

右の点を補足するため、原判決が、「試料を直交する2つの回転軸の回りに連続的に回転させる試料駆動機構」が、「X線反射波の所望角度範囲をカバーするため」のものだと認定した点に基本原理に関する誤りがあることを指摘しておきたい。

試料の2軸回転は、回折線を前記図3のような切れ目のない円として生じさせる手段である。その結果、所定の回折線を漏れなく検出できることになる。それは、所望の角度範囲(広範な角度範囲)をカバーする手段ではない。広い角度範囲をカバーする手段は、半円状の位置感応型検出器を使用することによって達成される。従って、2軸回転の試料駆動機構とドーナツ状の検出器を移動させて走査する方式が等価であるという認定は論理的に成り立たない。

位置感応型検出器は2軸回転させる試料駆動機構と組合せなければ意味がなく、他方、移動するドーナツ型の検出器は固定された試料と組合せることが前提となっているから、それぞれの方式の一部を取り出して比較することはそもそも意味がないが、強いて各課題に応じた構成を対応づければ次の通りとなる。

<1>X線反射波の所望角度範囲をカバーする

(本件発明)位置感応型検出器

(引用例5)検出器の直線的な移動

<2>X線反射波を漏れなく検出する

(本件発明)試料を直交する2つの回転軸の回りに連続的に回転させる試料駆動機構

(引用例5)ドーナツ状の検出器

次に、引用例5と本件発明の回折X線検出方式は、抽象的な目的の一部に於て共通しているにすぎず、その実用性(作用効果)に於て顕著に相違することを原判決は看過している。発明に於て等価であるか否か、設計事項に過ぎないか否かは、具体的な技術としての等価性の問題である。共通の目的を有する構成であっても、具体的に装置の構造の簡単さや複雑さ、操作の容易性や、効果の程度の相違によっても、別発明は成立するのである。

引用例5の装置はドーナツ型又はリング状の二つの中空円筒型検出器を備え、これを機械的に移動させて操作するのであるから、機械的な送り装置を必要とし、必然的に測定時間が長くなり、かつ精度も低下する。また、ドーナツ型検出器を直線的に走査するのでは、回折角ごとに試料と受光面の距離が変化し、それにつれて、受光スリットを通過する回折緑の角度範囲が異なるから、強度も分解能も正確さを欠き、その結果、長年蓄積された既知物質の回折線のデータベースとの同定分析ができない等の欠点があることも前述した。

本件発明の装置は、試料を回転させるから、機械的可動部分は小さく、装置全体も小型化し(位置感応型X線検出器を設置する平面的な大きさだけでよい)、広い角度範囲につき同時に測定するから、測定時間は短く、検出器の機械的走査はないから精度も向上するのである。半円形の検出器を使用すれば測定する角度範囲も制限はほとんどない。

以上の点から見て、引用例5と本件発明の回折線測定方法は決して等価とは言えないし、単なる設計事項ではない。特許法に於ける等価、あるいは設計事項とは、抽象的な原理の同一性の問題ではなく、あくまで具体的な手段に於ける構成の近似性と作用効果の同一性を要する問題である。

引用例2は一九四九年の、引用例3は一九七二年の文献であり、引用例5が発行された一九七六年にはもちろん公知であった。しかし、これらの技術を微小領域の測定に応用しようという発想は、本件発明まで全く存在しなかったのである。

このように事実として、引用例5と本件発明の回折線測定方法は等価でないが、上告理由として繰返し強調したい点は、原判決は「等価」であることにつき何ら具体的檢討を行っておらず、実質的な理由を述べていないことである。

なお、原判決四七頁一二行以下に、本件発明における「回折パターンを迅速、正確に得る」という作用効果のうち、「迅速」という作用効果は位置感応型X線検出器を採用したことによるもので、「正確」にという作用効果は、試料の2軸回転の効果だとしているのも、繰返し指摘したように事実誤認である。

「迅速」とは、ドーナツ型検出器を移動し走査する方式を、試料の2軸回転を採用することにより固定式位置感応型X線検出器が使用できるようにし、かつその検出器の高速性と相まって実現されたものである。正確性もまた、試料の2軸回転と、機械的走査を必要とせず短時間で測定できる位置感応型X線検出器の組合せによって初めて達成されるものである。

原判決が、本件発明の要素の組合せがもたらした総合的な作用効果を、その個別の側面のみから評価し、全体的な評価を無視していることは極めて遺憾であり、違法である。

(七) 本件原判決のごとく、公知技術を断片的に引用して、全体として新規な作用効果を有する発明の進歩性を否定することは、東京高裁の判例とも矛盾する。

東京高裁昭和六〇年五月七日判決・判例タイムズ六〇〇号一一五頁は、次のように判示している。

「第一項の発明及び第一引用例記載の装置は、そこに用いられている液晶の電圧無印加時と電圧印加時とにおける光学的特性の差を利用して光の透過・不透過を切換え、明・暗の表示を行うものであるから、液晶の電圧無印加時と電圧印加時とにおける状態ないし光学的特性は、常に一体に、対のものとして検討されるべきものであって、これを切離して別々に論ずることはできないというべきであり、この種の液晶に用いる電気光学装置において、そこに用いられている液晶を他の液晶に置換えることが容易かどうかの判断に当たっては、置換によって用いられるべき液晶の電圧無印加時と電圧印加時とにおける状態ないし光学的特性を一体に、対のものとして検討し、その置換が容易であるかどうかを判断しなければらないというべきであるから、この観点に立って検討する。」

即ち、それぞれの装置に於ける部材は、当該装置の中で他の部材と関連して作動し機能を発揮しているのであるから、これを他の部材と無関係に抽出して、比較するのは妥当でないとされているのである。

完成した発明を後から見れば、この部分は、この公知例に、別の部分は他の公知例に共通していると見られる場合は決して少なくない。しかし、これこそ、後智恵として、進歩性の判断につき厳に戒めなければならない考え方である。公知技術の中からヒントを得ることは、ほとんどすべての発明に共通である。そのヒントを巧みに組合せて、公知技術が単独ではいずれも達成し得なかった作用効果を有する装置を完成することは、特許制度の下に於て奨励に値することである。

(八) 米国でも、特許発明の進歩性、特に組合せ発明の進歩性については、永年深刻な法律問題として検討されてきた歴史がある。

米国連邦最高裁判所は、一九六六年に、この問題の解決を図るべく、著名なグラハム対ディーア判決(383 U.S.I)に於て、発明の進歩性は法律問題であることを宣言したうえで、その判断手法として、<1>第一に公知技術の範囲を確定すべきこと、<2>次に、公知技術とクレームの相違点を確定すべぎこと、<3>第三に、当業者のレベルを確定すべきこと、<4>以上の事実の下に、進歩性を判断すべきこと、<5>商業的成功、永年にわたる必要性の認識とその不充足などの、客観的事実もまた考慮されるべきことを宣言した。

この判断手法は、現在に於ても、米国特許庁及び裁判所が等しく従っているものである。先ず第一に公知技術の範囲を確定せよという指針は、審理すべき発明を見たうえで後智恵によって公知技術を解釈することを排除しようとする考え方に基づくものである。

発明の進歩性こそは、東京高裁の審決取消訴訟に於て最も争われることが多く、そして特許法に関し、発明者ひいては産業界の利害に最も重大な影響を日々与えている問題である。そして、進歩性の判断基準は明らかに法律問題である。

判決には理由を付さなければならない。理由は合理的な内容でなければならない。単に結論を述べるだけでは足りない。

本件原判決のごとく、発明の進歩性の評価方法を著しく誤り、何等合理的な理由を示すことなく、権利を無効ならしめることが最高裁判所において見過ごされてよいはずはないと信ずるものである。

以上

(平成八年(行ツ)第二六五号 上告人 日本電子株式会社)

上告代理人久保田穰、同増井和夫の上申書記載の上告理由

一、本上告事件は、原告の有する特許第一六〇九二二六号(本件特許)に対する無効審判の審決取消請求事件に関するものであり、原判決は、本件特許に無効理由があることを認定して、これと異なる判断をした特許庁審決を取消した。

上告人は、上告理由書に述べた通り、原判決は誤っていると信ずるものであるが、原判決後に、本件特許と各引用例との相違をより明確にするための訂正審判を特許庁に請求したところ、本上申書に添付する審決書の通り、本件特許の特許請求の範囲を減縮する訂正及び関連する発明の詳細な説明並びに図面の訂正が認められ、訂正後の本件特許発明は特許出願の際独立して特許を受けることができたものであると認定され、同訂正は平成九年七月三〇日に審決書が上告人へ送達されることにより確定した。(右審決書及び審決の結論に引用されている審判請求書(訂正明細書を添付)並びに平成九年四月二八日付手続補正書を本上申書に添付する)。

従って、原判決の基礎となった行政処分は後の行政処分により変更されたものであり、原判決には民事訴訟法四二〇条一項八号所定の事由が存するから、原判決は破棄されなければならない。

二、右訂正の内容を説明する。

訂正の内容は訂正審判審決書二~四頁の(1)乃至(6)の通りであるが、その(1)に於て、特許請求の範囲の記載が次のように訂正されている(訂正された箇所に訂正の前後とも傍線を付した)。

(1) 訂正前

「 多数の結晶粒から成る試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の微小領域に照射するための手段と、前記試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡と、前記X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器と、前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構と、前記検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と、この信号を一定期間積算的に記憶する手段と、該信号を積算的に記憶する測定期間中、その先端に前記試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なx軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構と、前記記憶された信号を読み出し、表示する手段とから構成したことを特徴とする微小領域X線ディフラクトメーター。」

(1) 訂正後

「 多数の結晶粒から成る試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の微小領域に照射するための手段と、前記試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡と、前記X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように試料の回りに半円状を成して配置された位置感応型X線検出器と、前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構と、前記検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と、この信号を一定期間積算的に記憶する手段と、該信号を積算的に記憶する測定期間中、その先端に前記試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なx軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構と、前記記憶された信号を読み出し、表示する手段とから構成したことを特徴とする微小領域X線ディフラクトメーター。」

右の通り、特許請求の範囲の訂正は、位置感応型X線検出器について、その形状あるいは測定範囲が特定されていなかったのを、訂正により「半円状」に限定したものである。位置感応型X線検出器が半円状をなすことは、X線の回折角につき、約一八〇度の範囲、即ち、実質上全範囲について測定されることを意味する(装置の性質上、〇度と一八〇度に近接した範囲は測定が困難であるが、本件発明の主たる用途である物質の定性分析に於て障害にはならない)。

具体的には、本件特許公報第一図に示された型の位置感応型X線検出器に限定したのである。

その他の訂正事項は、いずれも、右特許請求の範囲の訂正に従い必要となったものである。

即ち、訂正事項の(2)と(4)は、位置感応型X線検出器に関する説明につき、特許請求の範囲と同じく「試料の回りに半円状を成して」との記載を追加した訂正である。

訂正事項の(6)は、回折角約九〇度の位置で不連続な箇所のある位置感応型X線検出器や、直線状の位置感応型X線検出器を開示した本件特許公報第七図を削除するものであり、訂正事項(3)と(5)は、第七図に関する説明を削除した訂正である。

三、原判決の理由との関係

(一) 右の通り、本件訂正は特許請求の範囲の記載を訂正したものであるから、発明の要旨に変更があることは明らかであり、原判決は発明の要旨の認定を結果的に誤ったことに帰する。また、訂正された本件特許発明が引用例に対し特許性を有することは特許庁が審決書に認定している通りであり、その適否を争うとすれば、特許庁に於ける新たな無効審判によるべきである。

従って、訂正の内容を問うまでもなく、原判決は当然破棄されなければならない。ただし、念のため、訂正の技術的意義を簡単に説明する。

(二) 上告理由書に詳述した通り、原判決は、引用例5、2、3、1の組合せにより、本件特許発明は容易に成し得ると認定したのであるが、当該認定に至るに当り、本件特許発明の位置感応型X線検出器は、「所望角度範囲をカバーする」ものにすぎず、広い角度範囲をカバーするものとは認められないとの事実認定を前提としていた。

即ち、原判決四〇頁一〇行乃至四一頁一行には次のように判示されている。

「そして、本件発明の特許請求の範囲には、『回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器』とのみ記載され、また、前記甲第2号証により、本件明細書の発明の詳細な説明を検討しても、

『所望角度範囲』を定義した記載はなく、これが被告の主張する一〇度から一六〇度の範囲をカバーすることを意味するとは理解できる具体的な記載は存しない。

したがって、引用例1記載の位置感応型X線検出器は、本件発明と同様な『回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器』の構成を有するものというべきである。」

なるほど、訂正前の本件特許明細書に於ては、位置感応型X線検出器について特段の限定が明示されていなかったから、その測定範囲が回折角のほぼ全領域をカバーすると認めることはできなかったであろう。

しかし、訂正の結果、位置感応型X線検出器は半円状を成すものに限定され、公報第一図の半円状の位置感応型X線検出器を使用すれば、回折角のほぼ全領域が測定されることは自明であるから、半円状ではない位置感応型X線検出器を使用した引用例との区別は明瞭になった。

(三) また、原判決四七頁下から二行乃至四八頁五行には、次のように判示されている。

「なお、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の記載事項を検討しても、本件発明による微小領域X線ディフラクトメーターが定性分析のみを対象としていると認めることはできない。

したがって、被告の主張するように、引用例2、引用例3記載の技術の作用効果と本件発明の作用効果が相違すると認めることはできない。」

引用例3は、試料中の微小領域の測定を試料を振動させながら行っている点で、本件に於ける重要な公知文献である。しかし、引用例3は、その目的が応力測定であり、広い範囲の回折角について測定するのではなく、単一の回折線のみを測定対象としていた。

原判決は、本件発明は「定性分析のみを対象としていると認めることはできない」と述べている。さらに前述のように、原判決は、訂正前の特許請求の範囲では測定範囲につき「所望の角度範囲」と記載されているだけであるから、回折角の全領域を測定するものとは認められないとしている。つまり、原判決は、本件特許発明は、引用例3のように狭い角度範囲のみを測定する装置も含み、その場合は引用例3と区別できないと解釈したものと推測される。

定性分析は広い角度範囲の測定を必要とするから、原判決の訂正前の特許請求の範囲の解釈によれば、本件特許発明が定性分析を目的とした装置であるとは言えないことになったのであろう。しかし、訂正の結果、このような認定は維持され得ない。

訂正後の本件特許発明は、半円状の位置感応型X線検出器を必ず有するので、回折角のほぼ全領域が測定範囲に含まれる。

単一の回折角のみを測定を行い、応力測定しかできない引用例3との相違は明瞭である。

原判決に於ける引用例中、不均一な試料の微小領域を選択し、当該微小領域に於ける回折X線の測定を、試料を回転(振動)させながら行うことを教示しているのは引用例3だけであるから、引用例3を援用することなしに、原判決の結論に至ることは考えられない。

そして、本件特許発明に対し引用例3を引用し得るという判断は、本件特許発明の位置感応型X線検出器が、ごく狭い測定範囲しか有しない場合も含むという解釈を前提にしない限り成立ち難いはずである。然るに、訂正の結果、本件特許発明はこのような場合を含まなくなったのである。

以上の通り、技術的内容を実質的に検討しても、本件訂正による特許請求の範囲の限定が、原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(添付書類省略)

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例